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2009.5.9 満月 バイバイキヨシ

いってきました、忌野清志郎告別式。
「青山ロックンロール葬」ってタイトルになっていた。
会場に入ってすぐ笑ったのが、
まるでコンサート会場のようになってたところ。
1995-1.jpg 1995-2.jpg 1995-3.jpg

なんじゃこりゃ。
すごいな~ 葬式の概念をここまで変えられるキヨシ。
普通、葬式会場の床に紙吹雪は落ちてないだろう。
(笑)
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私は彼のどこが一番好きだったかって、
それは、
ふざけすぎてるところ。 ものすごく同調できる。
実は私はとーってもふざけた野郎なので。
祭壇なんてすごい奇麗だった。
きらびやかで。可愛くて。ピンクで。
式の始まりはガンガン演奏して、本物のライブだった。

(ただひとつこれまでと違うのは、
 キヨシがいないこと。姿は見えなくなっちゃった、ということ)

1995-5.jpg

私はこれまで葬式はやらないと決めていたけれど、
やっぱりやろう。
葬式って、本人は死んでるんだしまわりは大変なだけだからと、
やっても意味ないと思ってたけど、
いや~葬式は残された人のためのものだから、
なんか楽しくなるようなものだったらやった方がいいなあ~
ちゃんと故人とお別れをして、また先へ進むためのけじめとして、
やっぱりやった方がいいと思い直した。
そうだ、
私が死んだ時のために、
みんなが泣きながらも笑っちゃうような葬式を考えよう!
(で、師匠に「この写真をぜひ遺影に」とある写真を渡して頼んだら、
 もうそれだけで笑っていた。 よし)

告別式に最初から参加して、最後、献花をする時に、
私は黄色い薔薇を渡された。
それを祭壇に向かって真ん中あたりにお供えした。
サヨナラキヨシ、と心の中でつぶやきながら手元の写真を撮ろうとしたら、
カメラが急に変になって、ピントがボケボケになってとてもびっくりした。
それでもシャッターを切ったけど...
これじゃなにがなんだかわからない写真だ。
私にしかわからない記念写真になっちゃった。

1995-6.jpg

外に出たら、これから弔問をする一般ファンの人で溢れ返っていて、
キヨシは本当に幸せ者だと思った。
こんなにたくさんの人に送ってもらえるなんて。
それだけのことを彼がしてきた証拠だ。

「早過ぎる死が残念」と言った人もいたけれど。
そうだろうか。
私は全然そうは思わない。
キヨシの人生は、とてもいい人生だったと思う。

大切なのは生きた長さじゃない。
中身だ。
どう生きたか。
それが一番大切なことだ。
決して忘れちゃいけない。

忌野清志郎は、
やりたいことは全部やって死んだと思います。
だから、
まだ若かったけれど、残念ということとは全然違うと思う。



夜、
オレンジ色の大きな月が東の空に昇ってきたあたりから、
深い瞑想に入りました。
受けたガイダンスは「光りへ!」。
そして「黄金のチャンス」のサインも。

.......そうなんだよ......

これは「チャンス」なんだ。
チャンスって、
掴むことが大事だ。
何をもってチャンスとするか。
そこが分かれ道なんだろうなあ.....
苦しい時ほど、まさかそれが「チャンス」だなんて思わずに、
いったいどれほどの人が素晴らしいチャンスを逃していることか。

チャンスと思えるなら。

感謝して、受け取ることができるのなら。

光りの出口に到達できるだろう。

目に見えていることがたとえどうであれ。



瞑想のあと、お菓子を焼きました。
「満月のお菓子」の完成です。
今回は、
プルーンと、おからと、くるみを入れた焼き菓子。
満月をモチーフにしたまあるいプルーンの部分は、
その時々の果物で、あんずに変えたり、いろいろ。
これで決まり。

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最近は、出かける時、
バッグにお菓子を忍ばせて行きます。
いつでもどこでも小腹が空いたらパクッと。
今日も「満月のお菓子」を持って出かけました。

ついこの前、
以前大好きだったある店のお菓子を久しぶりに買って食べたら
びぃーーーーーーーーーっくりっ(驚)
甘過ぎて。
あんなに美味しいと思って食べていたのに。
砂糖の味しかしない。
もうあんなに甘いものは食べられない。

私はアリスの丘のナオちゃんの焼いたケーキと、
自分で作ったお菓子と、
カヴンのメンバーが時々作って送ってくれるお菓子しか、
もう食べられないのかも。
ま、
それでぜんぜんいいんですが。

1995-8.jpg 1995-9.jpg




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