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ふたつのメール

先日のエッセイ「闇の役割」について、
メールをいただきました。
ありがとうございます。

『私の師が、聖書の
 「夕となり、朝となった。第一日である。」
 のことを、
 夜をこえて朝を迎えてはじめて第一日が完成する、
 と教えてくれました』

と、そこには書いてありました。
こういう時、
私の心は、さっと緊張します。
なぜなら、
自分の言葉で語らない人の心は
どこにあるのかよくわからないからです。
誰かが言った、とか
本に書いてあった、とか
それは「自分の言葉」ではありません。
聖書に書いてあることはいいから、
あなたはどうなの?と、私は問いたい。

闇について「考える」のではなく、

あなたは闇を経験したことがあるのか?

それは人生にどんな作用を及ぼしたのか。

大切なのはそこです。

メールの最後に
『闇 の字の門構えって、
 こころの真ん中の門のことなんでしょうかね』
と結んでありました。


....どうだろう?門のことはよくわからないけれど。


私の心の真ん中には、
光りがあります。
誰の真ん中にも皆同じように、
小さな光りがあると、私は信じています。

大いなるものは、私達のために、
暗闇の中を歩く時にせめて自分の足下を照らすだけの明かりを、と
生まれてくる時に持たせてくれたのでしょうか。

その小さな光りは、
自分で大きく輝かせることもできます。
そういう人は、自分の足下だけではなく、
あたり全体を明るくすることができます。
他の人の行く手も照らすことができるようになります。


もうひとつ、とても印象的だったメールをご紹介します。

『「本当の光りの出口」まで遠かった日々を思い出しました。
 苺さんのエッセイでまたひとつ涙を流し、
 気持ちが浄化されました。
 やわらかく温かな気持ちになりました。
 ありがとうございます、深く感謝いたします』

この方は、自分の言葉100%で語っています。
どこにこの人の心があるのか、すぐに理解することができます。
メールには、
最近気持ちが晴れ晴れとしていて色々なことが順調に進んでいる、
と記されていました。
今起こっていることについて、
『ひとつひとつの習慣を
 歯磨きするようなレベルにまで自分のなかへ落とし込む事。
 今の目標です!』
と書かれていたことが、
強く私の中心に響いてきました。
非常に重要で素晴らしいことが書いてあると直感しました。

歯磨きするようなレベルにまで自分のなかへ落とし込む事。

まさに!

つまり「日常がもっとも大切である」ということを
この人は知っているんだなと感じました。

素晴らしい書物よりも。
偉大なる師の教えよりも。

自分の日常。

水を飲むように。
食物を食べるように。
呼吸をするように。

生きるためにあたりまえのように繰り返される、なにか。


ひとつのものを自分のなかに取り入れようと決めたなら、
それがなんであれ、
繰り返してください。
最初はどこかに書いてあることであったとしても、
誰かの言葉だったとしても、
それを「自分の日常」の中に取り入れてください。
毎日毎日、毎瞬毎瞬、
繰り返してください。
ただ単純に。

行ってください。

そうすれば、
やがてそれは誰のものでもない、
あなた自身の人生の一部となります。

そうなった時、
あなたが他の誰かに伝えようとする場合、
決して「どこかに書いてあった」とか「誰かに言われた」という表現には
ならないと思います。

自分の言葉として語ることができるでしょう。


このようなエッセイを書く機会を与えてくれた、
ふたつのメールに感謝します。
この場で読者の皆さんとシェアできたことを嬉しく思います。

どうもありがとう。






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